平成16年3月
作業ミスによるエンジン始動不能
エンジンが焼き付いたので、中古のエンジンに交換したが始動できないといった、平成11年式アルト(車両型式GF−HA12S、エンジン型式F6A,走行12万km)のトラブル事例を紹介する。
まず、ダイアグノーシスを点検すると、水温センサ系とクランク角センサ系の異常を表示した。
異常コード消去後、症状を再現させ、再度ダイアグノーシスの点検を行った。しかし、今度は正常コードを表示した。
次に、電子制御式エンジンの基本点検である火花点検を行うと、1番、2番シリンダは良かったが、3番シリンダに火花が飛んでいなかった。
インジェクタの作動音と燃圧は問題なかったので、悪いのは火花ということになる。しかし、3気筒のうち、2気筒に火花が飛んでいれば、調子が悪いなりにエンジンはかかってもよさそうであるが、全くかかる気配がない。
とりあえず、3番シリンダのイグニッションコイル(以下IGコイル)の点検をすることにした。
この車の点火システムの回路は、
図1のようなダイレクト・イグニッション・システムであり、各気筒毎にパワートランジスタを内蔵している。
どの端子が何の端子か分からなかったが、とりあえず、3極コネクタの端子電圧を点検すると、2V、2.5V、0Vと中途半端な電圧を示した。
通常、キースイッチONでは、電源は12V、ECUからの点火指示信号であるIGTとアースは0Vのはずである。
試しに、1番、2番シリンダのIGコイルを調べたが、前述の12V、0V、0Vと推測どおりの電圧だった。
この3つのIGコイルの電源は共通なのに3番だけが12Vを表示しないのはおかしいと思い、もう一度、3番シリンダのIGコイルの端子を調べてみることにした。
1番、2番シリンダの電圧測定で、電源である端子は黒/白の線と分かったので、3番シリンダの分を点検しようとしたが、黒/白の線が無い。1、2、3番と共通の電源の線の色が1つだけ違うなんて普通ではありえない。ひょっとして、他のコネクタと入れ間違っているのではないかと思い、回りのコネクタを調べると、近くにある水温センサ(水温ゲージ一体式)のコネクタに黒/白の線があるのが見つかった。
(
図2)
配線図を取り寄せ配線の色を調べると、予想どおり、水温センサのコネクタが3番のIGコイルにささっていた。2つのコネクタの形状を比べる全く同じである。
この2つのコネクタを入れ替えれば、エンジンはかかるはずだと思い、入れ替えてみたが全くかかろうとはしない。
プラグがカブっているのかと思い、プラグを外そうとIGコイルのコネクタを抜こうとしたが、ハーネスの取り回しが不自然なことに気がついた。ハーネスが捻れているし各IGコイルのハーネスがクロスしている。
配線図で各シリンダのIGコイルの配線の色を調べると、本来、2番シリンダに接続しなければならないコネクタが1番にささっており、3番シリンダの分が2番に、1番シリンダの分が3番にささっていた。(
図3)
IGコイルのコネクタと、すぐ近くにある水温センサのコネクタが、全く同じコネクタを使っていることを疑問に思っていたが、全てを正規に戻してみると、その疑問は解けた。正規の状態では水温センサの1番近くにある、3番のIGコイルのコネクタは、水温センサまでは届かないのである。
(
図4)
同様に2番も水温センサには届かないが、皮肉なことに、1番遠くにある1番シリンダのコネクタだけが届くのである。悪いことに、そのときは2、3番の分がそれぞれ1、2番に届くものだから、今回のトラブルとなったようである。(ただし、これらは、ワイヤハーネスのクリップを外した状態でしか接続できず、クリップを止めた状態では、間違うことはないと思われる)
メーカもまさか、水温センサから離れたところにある1番シリンダのコネクタを、水温センサのコネクタにさすとは思ってもいなかったのであろう。
全てのコネクタを正規に戻すとエンジンを始動することができた。
しかし、これで修理が終わったわけではない。最初に点検したダイアグノーシスで、コード表示した水温センサ系とクランク角センサ系のうち、水温センサ系についてはコネクタのさし間違いにより、3番シリンダのコネクタ(実際には水温センサのコネクタ)を外したものと思われたが、クランク角センサについては外してないという。エンジンを交換する時には、バッテリを外していたということで、以前のトラブルを記憶しているのではなく、交換後の異常ということになる。
今は異常コードを表示しないので、原因を見つけるのは難しいと思ったが、とりあえず、ダイアグノーシスの検出条件などを調べることにした。
コード一覧表には「一定時間、CAS信号が入力されない」とだけしか書かれてなかったが、注意書きを読むと、「コード15(クランク角センサ系異常)はダイアグカプラ操作後、すばやくクランキングを行い、読み取る必要がある」となっていた。裏返せば、「ダイアグカプラ操作後、素早くクランキングをしないとコード15を表示する」ということになる。最初に表示したコードはこのせいだったのだろうということで修理を終えた。
複数のコネクタを脱着する場合やバキュームホースなどを脱着する場合、その時は覚えているつもりでも、間違える場合もあるし、特に修理に日数がかかったりすればなおさらである。ちょっとしたマーキングをすれば、こういったトラブルは防げるのではないだろうか。
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